こんにちは。「親の婚活相談所」のサヤカです。
親御さんからのご相談で、いちばん多いのに、いちばん気づかれていないパターンがあります。それは「理想が高すぎる子」でも「出会いがない子」でもありません。「いい人が現れたらね」と言ったきり、何年も動かないお子さんです。
ご本人は、そんなに焦っていないように見えます。なぜなら、心のどこかで「運命の恋」を信じているからです。そして残念なことに、その信仰を最初に授けたのは、たいてい親御さん自身なのです。
今日はあえて、多くの方が美しいと信じてきたある「恋愛観」を、正面から疑ってみたいと思います。
自由恋愛が「反逆」だった時代
恋愛について語るとき、親世代がどこかで影響を受けているのが、瀬戸内寂聴さんの言葉です。
恋とは「不測の事故」である。雷のように落ちてくるもので、打たれるしかない。理屈でも意志でもなく、降ってきたら全身で受けるしかない――。あるいは、本当の愛とは見返りを求めない「あげっぱなしの愛」であり、結婚はメリットを計ってするものではない、と。
今読んでも、ほれぼれするほど鮮烈です。多くの親世代が、この福音を空気のように吸って育ちました。「条件で結婚するものじゃない」「いつか運命の人が現れる」――。心当たりのある方も多いはずです。
けれど、ここで立ち止まっていただきたいのです。大切なのは、彼女が「いつ」その言葉を語ったか、です。
瀬戸内さんが生きた時代、結婚といえばお見合いが当たり前でした。親や仲人が相手を選び、家と家が条件で結ばれる。女性が自分の意志で「この人が好きだ」と声に出すことすら、はしたないとされた時代です。
だからこそ、その枠を破って自由な恋に身を投げること――ときに不倫という形で自分の心と身体の主導権を取り戻すことは、文字どおり命がけの反逆でした。彼女が家庭を捨てて出奔したのも、泥沼の恋に溺れたのも、あの窮屈な時代の文脈に置いて初めて、過激な「解放」として光るのです。
ここが核心です。瀬戸内さんは「制度」に反逆しました。けれど、反逆が成立するのは、反逆すべき制度=受け皿が、びくともせず存在していたからにほかなりません。
お見合いという制度は、窮屈であると同時に、立派な「安全網」でもありました。恋に破れても、家を飛び出しても、いずれ誰かが縁談を持ってくる。社会のほうが結婚を分配してくれる仕組みがあったのです。下に網が張ってあるから、人は安心して「自由恋愛」という綱渡りに足を踏み出せた。落ちても死ななかった。
雷に打たれて家庭を捨てた彼女が、それでも作家として、女として、最後はちゃんと社会のどこかに着地できたのは、その網があったからです。瀬戸内さんの過激さとは、落ちても受け止めてもらえる時代の、贅沢な過激さだったのです。
反逆は勝った。そして「市場」になった
では、現代はどうでしょう。 反逆は、完璧に勝利しました。お見合いは「不自由」「時代遅れ」として駆逐され、自由恋愛だけが唯一の正解になりました。瀬戸内さんが夢見た自由は、もう誰も疑わない常識です。 とこ ……