こんにちは。婚活アドバイザーのサヤカです。
今日は、婚活中のお子さんを見守る親御さん――とりわけ「どうしてうちの子は決まらないのかしら」と、夜になるとつい考えこんでしまう方に向けてお話しさせてください。
最初に、いちばん大事なことをお伝えします。お子さんが決まらないのは、お子さんに値打ちがないからではありません。お子さんが内気だからでも、不器用だからでも、努力が足りないからでもありません。原因の多くは、いま私たちが立たされている「市場」のかたちそのものにあるのです。今日はそのことを、ひとりのフランスの作家の目を借りながら、ご一緒に見ていきたいと思います。
「自由」になったはずなのに、なぜ苦しいのか
ミシェル・ウエルベックという作家をご存じでしょうか。日本でもファンの多い小説家ですが、彼はデビュー作『闘争領域の拡大』のなかで、現代の恋愛について驚くほど冷たく正確なことを言いました。
経済が自由化されると、激しい競争が起きて、勝つ人と負ける人の差が大きく開いていく。それとまったく同じことが、恋愛や結婚の世界でも起きている――ウエルベックはこれを「性的自由主義」と呼びました。
かつて、結婚はお見合いや家どうしのつながり、地域や職場といった「枠」のなかで分け合われていました。良くも悪くも、その枠が一人ひとりに相手を行きわたらせる役割を果たしていたのです。ところが「個人の自由」という美しい言葉のもとで、その枠が取りはらわれ、恋愛は完全な自由競争になりました。
すると何が起きるか。ごく一部の魅力的とされる人にお相手が集中し、残りの大勢が、相手を見つけられないまま取り残される。経済の格差とそっくりの「恋愛の格差」が生まれたのです。ウエルベックの小説には、稼ぎは十分なのに容姿のせいで恋愛市場から完全に締め出された男性が出てきます。彼の苦しさは、努力が足りないことではなく、ゲームが最初からそういう仕組みだったことに気づいてしまう苦さなのです。
親御さんの世代が婚活をしていたころと、いまとでは、ルールそのものが違う。まずはそこをわかってあげてください。お子さんは、昔より格段に過酷な競争に放りこまれているのです。
マッチングアプリという「完成形」
ウエルベックが一九九〇年代に予言したこの恋愛市場は、いまマッチングアプリによって完成しました。 アプリの画面では、相手は年収・身長・年齢・写真という数字と記号の束になります。指一本のスワイプで、人をど ……