サヤカです。

これは、婚活がうまくいかないお子さんを見て、胸を痛めていらっしゃる親御さんに向けた、ちょっと長めの手紙のようなものです。

親御さんのお悩みのなかで、よく見かけるのがこういった声です。「あの子、アプリは毎晩いじっているんですよ。なのに、ちっとも進まないんです」と。スマートフォンの中に何百人もの異性がいて、指一本で会えるはずなのに、なぜか何も起こらない。私は、この「なのに」の正体を、親御さんにこそ知っていただきたいのです。

「自分」を数行に押し込める作業

私が最近よく考えるのが、亡くなった人類学者デヴィッド・グレーバーの仕事です。彼は『官僚制のユートピア』という本で、お役所の書類仕事がいかに人間を窮屈にしているかを書きました。

グレーバーに言わせれば、マッチングアプリのプロフィール登録というのは、役所に出す申請書やパスポートと、構造としてはまったく同じものなのだそうです。年齢、年収、身長、趣味──決められた欄に、自分という存在を流し込んでいく。

お子さんは、本当はもっと矛盾だらけで、気まぐれで、説明のつかない豊かさを持った人間のはずです。それなのに、システムが処理できる「死んだ言葉」へと、自分の手で自分を削り落としていく。グレーバーはこれを、私たちが自分から進んで受け入れてしまう、見えにくい暴力だと表現しました。

恐ろしいのは、ここからです。プロフィールを整えることに慣れてしまうと、お子さんは「決められた選択肢の外側に、ご縁があるかもしれない」という想像力そのものを、少しずつ失っていくのです。

人を「コスパ」で選ぶ世界

グレーバーには『負債論』という大著があります。そこで彼は、お金が登場するずっと前の社会では、人と人とのつながりは「貸し借りの計算」とは別の原理で動いていた、と論じました。 彼が大切にした考えに「ベース ……